『世界を変える100人の日本人!JAPAN☆ALLSTARS スペシャル』(テレビ東京系、毎週金曜夜)にて放送
ヒマラヤの北側、ネパールの秘境ムスタン。
ムスタンはネパールとチベットの国境に位置し、ヒマラヤの中腹、標高2500m〜3500m。
年間を通じて降水量が少なく風が強い。
近藤亨(こんどうとおる)
87歳17年前70歳のとき、日本の家財を売り払い、ムスタンに住むことにしました。
村人の暮らしをすこしでも良くしたいという想いから。ムスタンでは近藤さんを知らない人はいません。
「ナマステ」「ナマステ」
町のみんなが近藤さんに笑顔で挨拶してきます。
まるでアイドル並!
かつて貧しさと戦い、荒地にしがみつくように生きてきたムスタンの人々。
その生活は今、劇的に変化を遂げていっています。
近藤さんのムスタン改造
●植林町の外には、近藤さんが村人を指導して植林した樹木が植えられています。
後10年もすれば立派な森になるそうです。
利用したのはヒマラヤの雪解け水。
水さえあれば植物は育つというシンプルな考えた方が成功をそうしたそうです。●コシヒカリの栽培普通高地では育たない。
低温、強風、洪水などの過酷な自然が立ちふさがる。
そして4年後(1996年)、見事な稲が実を結びました。根元をビニールで覆うことで、水温の低下を防止し、強風にも耐えたのです。
翌年、ネパール国王から勲二等勲章を授かりました。●養殖雪水を利用したニジマスや鯉の養殖場。
冷たく清み切った雪解け水は、雑菌や寄生虫の繁殖をふせぎました。
養殖所の助手(?)のサントス君。日本に研修に行き、いまではすっかりネパール一の魚技師。●ビニールハウス栽培ティニ村では、石垣で囲まれたビニールハウスが。
石のおかげで真夜中でも大して温度が下がらないそうです。
からし菜、ほうれん草、ピーマンなどを作ってます。●養鶏すっかりこの町に根付き、新鮮な卵を食べることができるようになりました。●ヤギの飼育最初は25〜30頭でしたが、いまではたっくさん。
近藤さん。子ヤギに頭をすりつけ「ナマステ ナマステ」っとご挨拶。
このヤギ達のたい肥やきゅう肥が大切。
これを檜や松たちにあげるそうです。
この肥料のおかげで、不毛なこの土地でも作物が取れるのです。●リンゴ栽培なによりも村人を潤しました。
綺麗なリンゴが収穫でき、ネパールの首都の高級スーパーでも取り扱われるほど。
干しリンゴやジャムなどの加工品も近藤さんが教えました。●学校建設6歳〜14歳までの子供が学んでいます。
今まで17校建設。毎年1校づつ。
近藤さんが中心となって作り上げて作り上げたボランティア組織 ムスタン地域開発協力協会の地道な努力のおかげです。●託児所ムスタンの女性はほとんど働いています。
そのためとっても役に立っています。
給食制度を供えています。●病院番組では簡単にしか紹介されませんでしたが、この病院にどれだけの人が助かったことでしょうか。<睡眠時間は恐ろしく短い>午後10時に床につき、真夜中の2時にはもう仕事を始めています。
書いているのは日本の支援者へのお礼状。すべて近藤さんの直筆です。
支援者がいるからやってこられた。近藤さんはそれを忘れてはいないのです。「日本でこれくらい広い農場はなかなかないでしょう」
と誇らしげ
「桃源郷みたいでしょう」と
近藤さんは言います。
「やりがいがある。
村人を助けて豊かにできる。
貧しい農家が豊かになるのを一目見てくたばりたいというのが僕の夢です。」ムスタンの町の人は言います
「優しい人です」「神様みたいな人です」
近藤さんは村人の笑顔に囲まれてすごしています。町というか、国そのものを変えて行っている近藤さん。
すっごいですよね!
一人の人間の力で、これだけすごいことができるのかと思いました。
しかも70歳をすぎてからのスタート。人間何歳になっても、すばらしいことを成し遂げることができるんだって思えますよね☆
たくさんの人を幸せにし、
たくさんの人から慕われ、
近藤さんの周りの人はいつも笑顔で、
これこそがほんとの幸せ。そんな例をみせてくれたような気もします。
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いつもありがとうございます。
みなさんに幸せがありますように
不景気ではあるけど、まだまだ日本は豊かなんですよねぇ。
私も強く優しい人間になりたいです。
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